カセットデッキの面白さ②

TC-K222ESG の完成度

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1989年の製品。80年代初頭から続いてきたトリプルナンバー・シリーズが成熟して、ついにここまでの完成度になったかという感じです。実はこれは後に手に入れたもので、最初に購入した222はTC-K222ESA でした。ほとんど同じデザインでしたが、この222ESG はどこか操作ボタンの配置がCDプレーヤー的で、やや使いにくいものでした。222ESA はというと、実に使い易いデザインで、操作するのが楽しかったのを憶えています。

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音質は上級機種の333・555などと遜色なく、厚みはやや欠けていましたが、実に素性の言いピュアな音質で気に入っていたのです。この222ESG もほとんど同じでした。何というか、カセットデッキの完成形を見ているような感じです。これ以上どう進化するのだろうかというくらいのモノでした。大袈裟に言うと、日本の工業製品のある種の到達点のようにさえ思えたのです。

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優れた製品でしたが、好みからいうとTC-FX6 のほうが気に入っていました。どこか面白いというか、生成途上の尖った感じが好きでした。


カセットデッキの面白さ①

TC-FX6 のカッコよさ

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この頃(1980年)のソニーは圧倒的でした。性能もそうですが、特にデザインにおいて他の追従を許しませんでした。オーディオ御三家(サン・トリ・パイ)は保守的で重厚な古めかしいデザインで、あまりパッとしないものでした。ソニーだけ異質だったわけです。唯一、テクニクス(松下)がソニーの新機軸を真似たデザインを出してきましたが、真似て負けていました。

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この製品以降、カセットデッキのデザインは変わります。薄型の未来型になっていきます。デジタルメーターは当たり前、フェザータッチのボタン系、機械式は姿を消します。選曲もコンピューター制御に。

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スライド式のレベルメーターも円→角への時代の幕開けでした。

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そして1981年以降、ソニーの有名なトリプルナンバー・シリーズが始まります。555・666・777から始まって、444・333・222とラインナップが増えていきます。アンプ・チューナー・CDプレーヤーと広がります。ソニーブランドの黄金時代でした。


オーディオの妖しい魅力③

デジタルメーターは?

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KT-770

これはデジタルシンセサイザー・チューナーの表示です。1983年のトリオの製品です。やはりアナログのものと比べてどこかクールというのか寂しい印象があります。ただ分かればいいといった素っ気なさが感じられます。あのムードに溢れた夢のあるメーターはどこへ行ってしまったのでしょうか? 

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TC-K222ESG

これは1989年のソニーのカセットデッキです。確かにかっこいいですが、やはりムードや夢はありません。冷たく光るといった印象で、性能の良さは連想できますが、イメージは湧きません。

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TC-FX6

これはどうでしょうか? 
デジタル表示でありながら、割と面白いと思います。どこかファンタジーがあります。ソニーの1980年の製品で、当時としては画期的なデザインでした。それまでのかなり大型で立派な、ある意味威圧感のあるような70年代デザインから脱却し始めた製品なのでした。それでもどこか夢や温かさがあって良いのです。

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TC-FX6


オーディオの妖しい魅力②

☆メーターもいい雰囲気

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E-302

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TC-4300SD

はたしてオーディオ製品においてメーターとはどんな意味があるのだろう?という疑問が浮かびます。
もちろん、レコーダーにおいては入力レベルを見るための役割があるのは当然です。でも、再生中のメーターはどうでしょう? 特に必要なものではありません。一種のデモンストレーションというか、デザイン上の遊びの要素が大きいと思います。特にアンプにおいてはそうです。

E-302 はアキュフェーズ社のプリメインで、1984年の製品です。当時はCDが隆盛となってきて、アンプもその対応でアナログ(フォノイコライザー)は少しずつ疎んじられてきたのですが、この製品はむしろかなりの力をアナログにつぎ込んでいます。MC対応はロード切り替えができて本格的です。
デザインも若者受けを狙ったものではなく、ある意味保守的で、従来からプリメインに求められてきた機能を合理的にまとめてあります。メーターは黒のプレートに電球色のライトがポッと灯される感じで雰囲気がいい。文字レゴは草色で高級感がある。

TC-4300SDは前にも紹介しましたが、70年代らしくアナログVUメーターがいい感じです。イエローオーカーのプレートに電球色のライト、下向きの針がかっこいいです。その後のデジタル式のメーターは分りやすいですが、チャカチャカとしてあまり高級感がありません。目も疲れます。



オーディオの妖しい魅力①

☆暗い部屋の中で・・・

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SX-737

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ST-5150

これが昔(70年代前半)のオーディオ・チューナーの画像です。いい雰囲気が出ています。なにか夢の中に引っ張られるような気になります。ダイアルスケールがブルーグリーンが普通でした。その他、草色オレンジ系もありました。また、電球色のライトもありました。

ともかく、各メーカーともムードを出そうと必死でした。このデザイン傾向は、やはりデジタルが登場した頃から変わっていきました。もっとクールで無機的なものになってしまったのです。

暗くした部屋の中で、ステレオファンはムードミュージックやロマンティックなクラシックなどを聴いて恍惚としていたのです。こういう夢想が広がる世界はとても重要なメンタル体験ではなかったのではないでしょうか?

オーディオの別の魅力とは?

サンスイのサウンドの魅力を語ってきましたが、ここで、オーディオの別の魅力も見ていきたいと思います。それは音質そのものより或る意味もっと重要なことかもしれないからです。それは1970年に経験したあることがきっかけになったのでした。

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★1970年の出来事

昭和45年の夏のある日曜日。筆者は父と秋葉原へと赴いたのであった。目的は自宅で使うモジュラー・オーディオ製品を買いに行くためであった。元々、自宅には大型のステレオセット(TRIO製)が鎮座していたのだが、それを家業(客商売)の店舗に移動して、お客にサービスでFMやレコードを聞かせることになったのだ。結果、自宅にステレオが無くなるので、替わりにそのころ流行りだしたモジュラー・オーディオ(小型一体型のステレオ)を購入しようということになったのだ。

大型店の代表ということで、ヤマギワ電気に行ってみた。そして何階か忘れたが、オーディオ売り場に入ってみて驚いたのである。暗い。照明が落としてあり、まるで映画館の中のようであった!

これには理由があった。

当時の一体型(プレーヤー・チューナー・アンプ+スピーカー)ステレオは大人向けの製品で、どういう風に使用されるかというと、”夜、自宅の居間や寝室で部屋をほの暗くして、リラックスしたムードを醸し出して音楽を一人又は二人で聴く”というのが一般的なイメージであった。なので、ステレオ装置は木目調のデザインが多く、特に、暗い部屋でもFM/AMの周波数スケールが見えるように、また、ボリュームやバランスのつまみが分かりやすいように内側からライトで照らしてある必要があったのだ。

それ故ステレオの販売店では、販売コーナーそのものの照明を落とし、暗い部屋の感じを出して客に対して展示していたのである。筆者は父と販売員に連れられ、その暗い中を何と懐中電灯で床を照らされながら案内されたのだ。まるで、上映の途中で入る映画館の案内係のようであった。それほどまでに、当時はステレオのムード性を大事にしていたのであった。

各社は競ってそのムードを出そうとしていた。客も機能や価格よりもそちら、すなわち照明付き家具としてのステレオを求めていたようにすら思う。

何機種か候補にして1時間近く迷った末パイオニア東芝の製品に絞り、結果、東芝に決めたのであった。やはりデザインが決め手であった。

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当時の製品ではないのですが、そういう雰囲気を引き継いだ70年代のオーディオ(ステレオ)をいくつか紹介します。






サンスイを使ってみて

AU-D607Gextra との付き合い

前述した通り607はもってりした音で、初めはあまり好感は持てませんでした。何というか、保守的で面白みのないサウンドに思えたのです。色々聴いてみると、確かに生系の楽器を使った音楽(クラシック・ジャズ)に相性が良いように感じました。質感が高くて雑味がない音質です。

しかし筆者は当時まだ若く、ロックやポップス系の音楽を常食としていたため、もっとメリハリのあるカラフルな音色に惹かれていたのです。そういえば、アンプを比較購入するときに比べた他の製品の中には、そういった傾向の音色を持ったものもあったのです。例えば、ビクターのA-X900やパイオニアのA-120などです。

それらの製品は、ある種耳慣れた音に聞こえました。美味しい音というのでしょうか。
つまり、ある程度色付けされた音質を求めていたのでした。音の演出といってもいいでしょう。要するに、聴いていて楽しければいいわけです。

ところが、AU-D607Gextraはそうではありませんでした。

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音のメリハリはある程度感じましたが、あまり特徴のないサウンドに思えたのです。しかしその印象は徐々に変わっていきました。

●評価の変化

1.レンジの広さ

様々なソフト(カセット、LP、チューナー)で聴いてみると、その地味なサウンドの別の側面が徐々に見えてきました。なんというか、肌理の細かい精細な音質というのでしょうか、各種楽器(特に生楽器)の繊細な表情が実によく表現されているわけです。デフォルメなくサラリとしたその音はとても自然で、これがいわゆるレンジ(F・Dレンジ)の広い音というものであることが分かったわけです。例えば、バッハのヴァイオリン・コンチェルトで、色付けのないヴァイオリンの自然な艶や、合奏のふわりとした低音感などが実によく出るのでした。これが演出の多いアンプだと、トロリと甘い、いかにもヴァイオリンといった音になってしまったり、低音部も単にドンッとくる迫力だけのものだったりするのですが、607はその演出がほとんどないわけです。これは一度分かってしまうと、戻れなくなる音認識でありました。

2.陰影感の表現

また、クラシック音楽の特にロマン派系のものを聴いたとき、607に比してSX-737では確かに美音とカラフルな彩りでそれなりに楽しかったものですが、なんというか、すべてに光が当たっていて影があまりないように感じられたのです。607は”暗さ”が見事に表現されていました。その結果、目立つ部分と背景に退く部分のコントラストにより音の立体感が見事に出てくるのでした。その要素が薄いと、どこか音楽が物足りないものに思えてしまうことも分かったのです。これも一度味わってしまうと、逆戻りが出来ない種類のものでありました。

サンスイのアンプは定評がありましたが、今言ったような要素がその魅力の肝だと感じたものです。筆者も音認識のレベルがここで一段上がったような気になりました。それからは、時々他のアンプ(737以外でも)で聴いても、何か満足感が薄いような気がしたものです。サンスイとの付き合いはその後も続きます。。。

オーディオの”魔力”とは?

これまで笠木氏の評論を紹介してきましたが、どう感じられたでしょうか?
氏の評論はオーディオの非常に重要なところを突いています。それは、再生芸術としてのオーディオの役目は、音楽の持っているある種の魔力を表現することであるということです。いかに正確な再生でも、音楽がつまらなくなってしまってはおしまいです。氏の言う”ミュージックパワー”が損なわれてしまうわけです。前回までの評論で高評価を得た2機種は、何れもサンスイの製品でした。AU-D(607・907)Gextraです。実は筆者はこの607の方を購入したことがあります。販売店で比較した結果の購入でしたが、”サンスイ”というブランドも影響したことは確かです。それまでSX-737(レシーバー)を使っていて、その音が基準になっていたので、初めて本格的プリメイン・アンプの音質に接したわけです。その感想を書いてみようと思います。

AU-D607Gextraを使ってみて(初めてのサンスイ)

1984年の1月に購入して、すぐに今までSX-737の置いてあったところに設置しました。カセットデッキ、アナログ・プレーヤー、スピーカーに接続して音を出しました。ソフトは確か、カセットに録音してあったビートルズの”サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド”だったように思います。夜だったので初めはヘッドフォン(Aurex HR-710)で聴いたわけです。

聴き始めて唖然としました。どこか”おかしい”と思ったのです。それほど、今までに聴いていた音と違うのです。SX-737の、中域が濃くブリリアントで、やや華やかな高音と小気味よい低音の組合せの絶妙な音に慣れた耳には、異質の音に感じられたわけです。なんというか、妙にのっぺりとしていて、躍動感もあまりなく、色彩感も地味でした。要するにつまらない音だったわけです。SX-737のあの美音とは比べるべくもないものでした。

そんなはずはない、どこか間違っているのでは?と思ったくらいです。暫く聴いていてもその印象は変化せず、相変わらず鈍重な音でした。よく言えば、ゆったりとした低音が安定感・安心感を覚える大人の音という感じです。筆者は当時まだ若く、もっと刺激性のある、派手な音を求めていたのでした。

オーディオ誌などでの評価も考慮して購入したのですが、これは失敗したかなと内心思いました。しかし、買ってしまったモノなので付き合っていくしかありません。オーディオ製品は第一印象だけで決めてはいけないとも考えました。それからこのサンスイ607との付き合いが始まっていったのでした。


オーディオ評論いろいろ④

さらに続きます。

☆パイオニア/A-150

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これは70年代から続くかなりごついアンプの一つで、軽薄短小の波に呑まれず物量投入系の製品。大きなトランス、大容量のコンデンサー、立派なヒートシンクの頼もしい構成。音もそういう傾向の評論もあるが、ここではまた笠木氏の独特の評を見ていきましょう。

ソース(LP/CD)「ワインライト」

(LP)<ワインライトではサックスの音色が少し変わる。すなわちややカスレが出る。中音量のバランスは大変良く、これは文句なしってところだ。>

(CD)<ワインライトでは全体が若干低域に引っぱられた感に聴え、この音楽のムーディーさは十分表現されているが一方抜け、歯切れの良さは消えかけている。>

どうでしょうか? これもまた厳しい評です。なにかあまり良くない感じですが、他の評者では全く違った評価になっているので、オーディオ評論というのは難しいものです。それでも、笠木氏の独自のポリシーに基づいた評は貴重です。

☆サンスイ/AU-D907Gextra

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日本のプリメインの代表格の製品。ダイアモンド差動回路に加えて、スーパーFF、グラウンド・フローティング回路などが盛り込まれ、進化し続けてきた歴史がある。個性的なサウンドで好みは分かれる傾向があるが、笠木氏はどう評価するのであろうか。

ソース(LP/CD)「ワイインライト」

(LP)<ワインライトを鳴らした瞬間、フワーとしたその再生音に身も心も包まれるって感じだ。いい音だ。そして音に自然な広がりがある。申し分なしだ。>

(CD)<ワインライトのサックスはNYのライブハウスで聴いたその感じがそっくり出ている。楽器間のバランスが見事で潤いもあり素晴らしいの一語。>

これはかなりの高評価です。文句の付けようがない感じです。もちろんたまたまこのソフトが合ったということもあるのでしょうが、他のソフトでも高評価なので、本製品が優れているのは疑いがないということなのでしょう。では氏の評価の基準とはどういったところにあるのでしょうか。

笠木氏は「テストを終えて」の欄で次のようなことを言っています。

<(製品の)中にはやはり音楽的なまとまりに欠けるものがあった。クォリティに気をとられ音楽を忘れかけているものがあったことだ。 (中略) キーポイイントはミュージックパワーとは何かである。>

そうです! なにより大事なのは”ミュージックパワー”なのです!

これを基準とした評論が実に少ないことはお分かりと思います。そしてミュージックパワーに欠けた製品が溢れてしまうのです。実に残念です。。。

オーディオ評論いろいろ③

☆デンオン/PMA-760

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これは、デンオン(現デノン)のちょっとレトロ的なデザインのアンプです。デジタル時代の幕開けにこのようなレトロデザインの製品を出すというのは不思議な感じもしますが、老舗デンオンらしい自信の現れなのかもしれません。

以下、笠木修治氏評論です。

ソース(LP/CD)「ワインライト」より

(LP)<ワインライトでは低域のソフトさと高域の切れ不足がアンバランスになり、この音楽ソースの味が失われかけているのが残念だ。>

(CD)<ワインライトでは楽器間のバランスがよくとれイージーに聴いたり、小音量で聴くとなかなか良いが、音量を上げると高域は伸び不足を感じる。>

これもかなり手厳しい評価です。ちなみに同時に評論している神崎一雄氏は割と良い評価になっています。ただし、使用ソフトは別のものです。かくも人間の感覚というのは人それぞれということなのでしょうが、ともかく”ワインライト”というソフトを、テストアンプがうまく鳴らせないことにイライラしている感じがとてもよく出ているのがおわかりでしょう。

さてそこで次のアンプの登場です。
どういう評価がされるのでしょうか?

☆サンスイ/AU-D607Gextra

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言わずと知れたサンスイの07シリーズです。初代から数えて5代目の製品です。ブラックフェイスのデザインのベストセラー機です。では評論を見てみます。

ソース(LP/CD)「ワインライト」より

(LP)<ワインライトの持ち味が全部出る。再生音がスワーッと広がる。サックスの音色は抜群だしバスドラムなどには一定の締まりもある。切れ込むという程ではないが素晴らしい音がしている。>

(CD)<ワインライトではやはりサックスの音色の良さ、全体のムードの出し方が光る。ややエコーがつき気味で甘味にはなるが、いい感じの鳴り方だ。>

今までの評論とは一読して違うことが分かります。少し興奮すら感じられます。これは単に評者の好みに合うといったレベルのものではないように思えます。つまりこの製品の音質が素晴らしいということは疑いがないということなのです。他の評者でここまでその差をあからさまに指摘する人はいないと思います。こういう評論が本当は必要なのです。

次の製品に行きましょう。





オーディオ評価いろいろ②

それでは、笠木修治氏の評論をいくつか見ていきましょう。

☆ヤマハ/A-750

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この製品はそのブラックマスクの精悍さと、750(ナナハン)というバイクを彷彿とさせる型番から、とても男性的なイメージを狙ったアンプであることが分かります。だから出てくる音もそのような傾向が想像されますが、実際はどうなのでしょう?

ソース(LP/CD)「ワインライト」より

(LP)<ワインライトでは楽器間のバランスは良いものの、全体に甘味でムーディになり、押し出しが若干良くない再生音である。>

(CD)<ワインライトではLPよりスッキリした感じになり、それなりにメリハリもついてくる。明るさや軽さは出ていないが悪くない再生音だ。>

読んでわかる通り、とても率直で正直な評価になっています。製品の狙いやイメージに囚われることなく、音楽のエッセンスを伝えているかどうかだけで評価しているのがわかるのではないでしょうか。ほめるだけの評論ではなく、むしろ欠点もはっきりと書いてあるのです。

☆オンキョー/A-817RS

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これは80年代初頭から始まった人気シリーズで、白く品のよいパネルの外観が印象に残っています。電源スイッチが透明で、その奥に黄緑の蛍光色で"SUPER SERVO"と浮き出るのと"POWER"のインジケーターがこれまたオレンジの蛍光色で、その組み合わせがとてもキレイだったのを憶えています。

ソース(LP/CD)「ワインライト」より

(LP)<ワインライトではバスドラムやベースがやや甘くなり、全体にもう少し爽やかさ抜けの良さは欲しい気がする。ただし楽器間のバランスなどは申し分ない再生音だ。>

(CD)<ワインライトでは低域はLPのワインライトよりもっと重くなる一方、シンバルやハイハットといった楽器は鮮明に出はじめ、サックスの音色はなかなか良い。ただ切れは今一つだ。>


なにか、もどかしさを感じる評論です。なんでもっと素直にソフトのエッセンスが再生されないのか? といったもどかしさです。では次のアンプの評論を見ていきましょう。



オーディオ評価いろいろ①

前述のSX-737についてかなりの高評価をしましたが、一般的なオーディオ評論では45年前のレシーバーなど評価外というか、箸にも棒にもかからないのは当然です。そんなものを評価してしまったら”進歩”の否定ですし、新製品など売れなくなってしまいます。確かに音の質感・クオリティでは、冷静な比較をするとさすがに古いと言わざる負えなくなる部分もあるのは確かです。やはり進歩はしているのですが、その進歩の方向が、音楽を生き生きと奏でる方に行っていないのが問題です。音楽の本当に大事なエッセンスが失われているような感じなのです。それを逆に高評価してしまっているのだから困ったもんです。

そんな音質評価(オーディオ評論)の中で、ちょっと違ったニュアンスのある評論も存在するので、これからその一部を紹介していきたいと思います。言わば、評論の評論です。

笠木修治氏(オーディオアクセサリー誌㉛/1984年WINTER号)

これはもう35年も前のオーディオ専門誌での比較テスト記事(スクランブルテスト/プリメインアンプ)です。神崎一雄氏とともに最新のプリメインアンプをテストしています。こういうテストの場合、大抵はクオリティの優劣は余りつけず、音質傾向の違いやソフトとの相性を示すことが多いものです。つまり、どこか各製品に気を使っているというか、けなすということは滅多にしません。ところが、この記事での笠木氏は実に端的に正直に製品の本質を言い表しているのです。ちょっと言い過ぎではないかと思うくらいです。では記事の内容を見ていきましょう。

テストアンプ(一部):ヤマハ/A-750
              オンキョー/A-817RS
             デンオン/PMA-760             
             サンスイ/AU-D607Gextra
             パイオニア/A-150
             サンスイ/AU-D907Gextra

以上、何れも売れ筋の製品で、価格は上から4機種は7~8万円、A-150が10万円弱、AU-D907Gextraが18万円弱。

テストソフト: グローバー・ワシントンJr/ワインライト
         ビリー・ジョエル/イノセントマン
         北原理絵/危険な関係
         ザ・スクエア/脚線美の誘惑
         マリーン/マイ・フェバリット・ソングス


となっています。

さて、それではどんな音質評価が述べられているのでしょうか。







オーディオの不思議⑨

SX-737 vs KA-7300

では、いよいよ737の登場です。このアンプ(レシーバー)が特に優れているわけではありません。もっとも、40年以上故障せずに作動し続ける機器というのは、それなりに凄いと言わざる負えませんが。しかし、737のサウンドはそういうことではなくて、特有の魔力を持っているのです。

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対決するのは前述のKA-7300です。発表時期も同じころ、1974年~1975年です。

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使用ソフト: ベンチャーズ、バッハ、モーツァルト、ショスタコーヴィッチ、アバ、エイス・オブ・ベイス、 スティーヴィー・ワンダー、The 80s Hits、女性ジャズボーカル、他

まず、7300から聴いてみる。ベンチャーズでは現代のアンプに比してどこかネットリとした質感があり、音楽が有機的に聞こえる。色合いはあっさりとして品はいい。もう少し濃くてもよいだろう。クラシックでは音の重心がやや低く、そのため音楽が安定して聴こえる。一方、どこか保守的な印象もあって、面白みや躍動的な演出はあまり感じられない。

特にポップスを聴くときにそれは顕著で、大人っぽい雰囲気は出るがワクワク感に若干欠ける。これが女性ジャズボーカルを聴くと、しっとりとした色気が感じられいい。全体的に生真面目な印象がある音質で、いぶし銀の味わいがある。

次に、737で聴きます。

まず、聴いた瞬間、ハッ!とする。なにか別の感覚が生起する。この感覚をどう説明したらいいかわからない。今まで潜在していたものが急にワッと浮かび上がってきたような感じなのだ。

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特に”ベンチャーズ・プレイズ・サザン”をこれほど躍動的に、そして皮膚に感じるレベルで表現できるアンプも少ない。何というか、ロックミュージックが本来持っている猥雑性・不良性がいやらしいほど出てくる。良識や理性ではない、ある種の下卑た感覚を刺激してくるのだ。逆に言うと、他の大抵の(特に現在の)アンプはなんでこの美味しい要素が失われてしまうのだろうと思う。このことはとても大事な事だ。

オーディオ誌などでの批評では、こういう要素は決して評価されません。この要素が実は音楽を聴く上では決定的に重要なものであるのにです。評価されるのは、解像度だとか音の分離感などの物理特性面の性質です。いわば、点数の付けやすい項目に評価が集中するわけです。音楽全体として感じられるパワーや魅力は無視されがちです。結果として、優等生的な製品が高評価となり売れるというわけです。

ミュージック・パワーとは何かがわからないと、音質評価は偏ったものになる!   ということです。




オーディオの不思議⑧

KA-7300 vs KA-990V~総論

ここまで色々とこの両機を比較してきたわけですが、大雑把に分かって頂けたのではないのでしょうか。簡単に言ってしまうと、990は、性能は確かに向上しているが、スチル写真のように静的でやや単調に感じられてしまうということです。これが7300となると、少し雑味が出るのですが、ダイナミック(動的)で生き生きとした音楽の本質をうまくとらえていている再生音と言えます。この差をどうとらえるかはそれぞれの感性でしょうが、筆者としては断然7300の方を推します。音楽と本気で向き合えるからです。990はむしろBGM的にサラリと聴くのに適しています。

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こうしてみてくると、やはり70年代アンプと80年代アンプの本質的な差異があることが分かります。同じメーカーでさえこれだけの違いがあるのですから、これが別のメーカー製品となると、別種の差が生じてくるのは当然と言えます。

では次に、初めに戻って、SX-737 との比較に入っていきます。

オーディオの不思議⑦

KA-7300 vs KA-990V 続き

ところで、聴く音楽によってオーディオ装置の評価が変わるのはよくあることです。大抵のオーディオ製品は、それが作られた頃に流行っていた音楽ソフトに合わせて音決めがされているようです。なので、例えば70年代の製品が70年代に録音された音楽ソフトに合うのは当然と言えます。

70年代から80年代にかけての音楽の変化というのは、電子楽器が増えてきたことが一番大きいと言えます。だから、990もそういった変化に対応しているはずなので、今度は80sポップを聴いてみます。

☆ソフト/スティーヴィー・ワンダー~ウーマン・イン・レッド
      The 80s (Best Hits)

KA-990Vで聴く。80sの楽曲に顕著な、人工的な味付けの音色がよく出る。しかも決して下品にならずに、パステルカラー風に表現される。初期の無機的ともいえるデジタル録音が特徴の”ウーマン・イン・レッド”のデッドなサウンドがそのまま出る。やはりこういうソフトにはよく合う。
しかし一方で、特に低域の”ほぐれ”が余り良くないというのか、ややぶっきら棒な印象も気になる。もう少し丁寧な低域表現が欲しいところである。他の要素が良いだけに残念である。音楽の充実感というのか、生々しさが物足りなく感じる。透明感・音場感などは優秀で、聴いていて気持ち良い。

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ここでKA-7300に切り替えると、990の不足要素がちゃんと補われていて素晴らしい。聴きごたえのあるサウンドに感動すら覚える。ただ、中高域のさっぱりしたキレイさは少し失われる。ソフトの無機的な音色が逆に生命感のある有機的サウンドになるのだ。これを良しとするかどうかは好み次第である。シンセの音も、まるで生楽器のように聴こえるから面白い。ここら辺は難しい所だ。

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オーディオの不思議⑥

KA-7300 vs KA-990V/ポップス他

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さて、本格対決に入ります。音の中に入り込んでいきます。

☆ソフト/ベンチャーズ・プレイズ・サザン~TSUNAMI

このCDは日本びいきのベンチャーズが、サザンの曲を彼らなりの解釈で演奏したものです。割と原曲に忠実に演奏されていて違和感はないのですが、なにせもうとっくに還暦を過ぎた彼らですから、若々しくシャキッとした演奏というより、しっとりと味わいのあるテイストになっているのが特徴です。雰囲気のある丸みを帯びたサウンドである一方、エッジもしっかりと立っています。そこらへんが表現されればと思います。

まず、KA-990Vで聴いてみる。一聴してして何の不足もない。細かい音もよく拾い、実にそつのないバランスの良いサウンドである。楽曲がキレイに流れる。気持ちの良いパフォーマンスだ。一方、少しぐいぐい来る魅力に乏しい。聴き手に刺さる表現ではないのだ。

そこで7300にチェンジ。まず感じるのは、やや音が粗いというか、990に比して透明感・解像度・音場感などの要素が少しずつ後退する。つまり、音が古いということなのだが、聴いてて別の要素も感じ始めるのでオーディオは面白い。一言でいうと”ガッツ”のあるサウンドというのだろうか、音楽全体のミュージックパワーが格段に向上するのだ。だから次第に音楽に乗ってくる。特に低音の躍動感にワクワクし出す。そうなると、細かい要素はあまり気にならなくなる。音楽を聴く上での大事な要素は別にあるのだ。

ベンチャーズのシンプルなスタイルの演奏が、7300で聴くとまるで自分がその中に入っているかのような感覚で聴こえてくる。特に低域の生々しい躍動感がそう感じさせる重要な要素となっている。逆に990では、その部分が良く言えば品よくなってしまい、サザンの曲の猥雑さや退廃性が希薄になる。落ち着いた保守的な印象に終始する。肌で感じる空気感というか、音の匂いがしないのだ。常に冷静に客観的に鳴っている感じ。

そしてもう一つ付け加えると、相互に比較しながらしばし時間が過ぎると、990は音質にほとんど変化はないのに対し、7300は前述のマイナス要素(透明感・解像度・音場感の不足)が驚くほど改善されて、聴き違えるほどの変化が現れる。こうなると比較どころではなくなる。990は性能は良いのだけど、音楽に没入している身にとっては何だか役不足に思えてしまうのだ。「お引き取り下さい」と告げたくなるくらいである。なんだか義務でいやいや再生しているようにすら感じられる。

7300は益々音楽に乗ってくる。体に訴えてくる。比較テストは忘れてしまう。。。

どうでしょうか?  

音楽を聴く上で重要なエッセンスを少しは感じていただけたのではと思うのですが。
こういうレベルでのオーディオ評はほとんどないことにお気づきだと思います。
音の微細なレベルでの性能評価に終始する評論がほとんだと思わないでしょうか?

つまり⇒オーディオはその本質的な要素ではほとんど進歩していない。否、むしろ退化している。⇒ということです。






オーディオの不思議⑤

比較テストですが、あまり厳密なものではありません。あくまで音楽ファンの日常のラフな使用においてのそれです。方法としては、1曲ごとにつなぎ変えるのではなく、あるCDから選択した何曲かを連続して聴いて、全体的な音の印象・感触を掴んでからアンプをチェンジして同じように聴くというものです。

その時に、テスターとして音の微妙な違いを聴き分けるというだけではなく、音楽に入り込んで、全体的な体験としてそのアンプの音世界を感じるということです。こうすることで、分析では分からないアンプのエッセンスを掴めると思うからです。ある意味、人間の人格を見定めようとする行為に似ています。

KAー7300のファースト・インプレッション/クラシック

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まず、空間表現がパッと強く感じられる。音像より先に、その音像を取り巻いている空間が印象的に表現される。楽器の位置関係(あくまで録音上のものだが)がよくわかる。これが例えばピアノ協奏曲のようなソフトではプラスに作用する。広がりがあって気持ち良い雰囲気で聴かせる。ただ一方で少し不満も出る。音色が単調なのだ。色彩感がやや薄く、どこか単色のグラデーションのような感じ。だからイマイチうっとりするような感興に乏しい。質感はとてもよいだけにやや残念な要素である。

この傾向はゴールドベルクにおいて更に顕著になってくる。ピアノ独奏なので、空間性よりも微妙な音色が大事なのだが、骨だけのややぶっきら棒な音に感じられる。なにか芸術的というより、科学的といった感触。だから音楽にのめり込めない、分析的なサウンドに思えてならない。グールドの鼻歌もしっかり聞こえて面白いのだが、そこが逆に協調されてしまい興醒めになる。ある意味オーディオ的なサウンドで、むしろマニアには喜ばれる傾向と言える。低域方向は雄大に表現されるが、やや大味で、もう一つの質感が欲しい。


それでは10年後の製品はどうだろうか?


KA-990Vのファースト・インプレッション/クラシック

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ピアノ協奏曲を聴く。空間表現は同じようによく感じられ、同一メーカーであることが分かる。ただこちらの方が、繊細微妙な表現に長けている。きめ細やかで洗練されている。この要素は明らかに10年新しいだけある。一方、やや大人しいというか、高解像度の反面コントラストは浅く、野性味に欠ける。

グールドのピアノはキレイで気持ち良い。音がクリーンで雑味がない。ただ、もう少し音の芯が感じられると充実感が高まる。都会的であまり汗臭くない音というのだろうか。殺菌された音のように感じられる。

7300と似た点は、やはり音色が薄いので色彩感に乏しいというところ。これはこのメーカーの特徴であり個性であるのだろう。よくトリオ・ケンウッドの音質は「透明感」「高解像度」「硬質」「高忠実度」などと評されることが多いのだが、むしろ音色の乏しさがそのように聞こえてしまうのではないかとさえ思うのだ。もっともここら辺は聴く側の主観であり好みなので一般化はできないかもしれない。


さて、ここまで全体的な印象を綴ってきましたが、ある程度両者に共通の傾向を感じてもらえたでしょうか?
次に、もっと深くこの二つのアンプの本質に迫りたいと思います。









オーディオの不思議④

☆KA-7300 vs KA-990V

さて、同一メーカーの10年差の音の変化を感じてみましょう!

使用ソフト: モーツアルト/ピアノ協奏曲第26番
 (CD)    バッハ/ゴールドベルク変奏曲/グレン・グールド(1981)
        アバ/ザ・ゴールド
        ベンチャーズ/ベンチャーズ・プレイズ・サザン~TSUNAMI
        エイス・オブ・ベイス/CRUEL SUMMER
       
        以上の他に各種ポップス・ジャズ・ロックの(CDよりダビングの)カセットテープを使用。

使用ハード: CDプレーヤー/NEC CD-816
        カセットデッキ/ソニー TC-K222ESG
        スピーカー/ダイヤトーン DS-200Z
        ヘッドフォン/ローランド RH-A30


大勝負!

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オーディオの不思議③

☆時代による音の差

SX-737の音質を語る前に、一つ比較として、時代によるアンプの音の差を見ていきたいと思います。
同じメーカーでの比較がいいと思いますので、ここで二つのアンプを紹介します。

 トリオ(TRIO) KA-7300 と ケンウッド(KENWOOD) KA-990V です。 

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ケンウッドはトリオの海外向けブランドで、80年代前半に正式な社名になりました。無線機やカーステレオでも有名な老舗メーカーです。60~70年代にはオーディオ御三家として”サン・トリ・パイ”(サンスイ・トリオ・パイオニア)と呼ばれていたものです。

KA-7300は1975年の製品。定価65,000円。当時、パイオニアのSA-8800とライバル関係にありました。その音色で人気だった8800に、左右独立電源によるセパレーションの良さで向こうを張っていました。結果的に7300の優勢となり、大ベストセラーになった製品です。

KA-990Vは丁度7300の10年後、1985年の製品で定価は79,800円。これも当時この価格帯での大戦争の中核機でした。他にサンスイ、オンキョー、ヤマハ、パイオニア、ビクター、デンオン、それにソニーも参入して大変な戦いであったわけです。990はその中にあって、デザインのカッコよさと洗練された音質で大人気でした。
この同一メーカーの10年差(70年代と80年代)を比べてみようというわけです。

オーディオの不思議②

☆昔のアンプのどこがいいのか?

SX-737の音に感心して、それから様々な音楽を楽しんできました。中学生だったので、歌謡曲から次第に洋楽のポップス・ロックへと興味が移りました。また、クラシックもそれなりに好きで、あれこれと聴いていました。ソースは主にFMからのエアチェックです。アナログ・レコードは高価なので、年に3~5枚くらいしか購入できません。レコード・プレーヤーは、テクニクスの”SL-1600”を購入して、その使い勝手、デザインのカッコよさにうっとりしていました。また、しばらくしてオンキョーの傑作スピーカー、”M6”を購入し、これで一通りシステムが揃ったわけです。

この過程で、音質が気になることはほとんどありませんでした。それほど、TC-4300SDSLー1600SX-737M6に違和感がない(満足していた)ということなのでしょう。今思うと、ものすごい良いバランス・相性の組合せだったのです。(この”相性”の問題は重要なので後に話題にします)

特にSX-737は音楽をより生き生きと感じさせる魔力のようなものがあり、気に入っていました。決してハイ・フィデリティ(高忠実度再生)というわけではありませんでしたが、音楽を聴く上での心地よい音作りがなされていて、見事というほかありません。

では、その音の良さの質はどういうものだったのでしょうか?
そのことをお話ししていきたいと思います。

オーディオの不思議①

☆ただ古いだけなのか?

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そうして我が家に来たパイオニア・レシーバーのSX-737。さっそく使ってみました。と言っても外部入力機器はソニーのカセットデッキ”TC-4300SD”しかないので、FM放送からエアチェックしたテープやミュージック・カセットを聴いたわけです。

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実はまだスピーカーは未購入でした。なので、ヘッドフォン(HP)で聴いたわけです。HPは二つ持っていました。一つはソニーの"DR-6M"、ダイナミックでメリハリの効いた音の頑丈な製品でした。もう一つはオーレックス(東芝)の”HR-710”、コンデンサー型のちょっと変わった製品で、とても洗練されたデザインで、音も繊細微妙でした。

ともかく、TC-4300SDからSX-737のテープ端子につなぎ、ヘッドフォンで聴いたのです。それまで、カセットデッキのHP端子から聴いていたわけですが、それとどのくらい違うのか?

そこから流れる音は、実に艶やかで色彩豊かな音、ヴィヴィッドでブリリアントなサウンドでした。
この音が、その後の筆者のサウンド感覚を決定づけるものになったわけです。

1980年以降のオーディオ③

かなり乱暴な意見とは思いますが、ぶっちゃけ、1980年を挟んでその前と後では音質が全く別物のように思えるのです。それを言葉で表現するのは至難の業ですが、なんとかやっていきたいのです。

では、1980年以前の例えばアンプはどういう音質なのでしょう?
それで一つ、例としてある製品を紹介しましょう。

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SX-737

これはパイオニア社のレシーバー<SX-737>です。確か、1974年か1975年の発売です。筆者はこれを1977年に購入しました。父と秋葉原に探しに行ったのですが、その時点ではもう型落ちで店頭には置いてませんでした。すでにレシーバーの時代は終わり、アンプといえばプリメイン・アンプが当たり前になっていました。後で紹介しますが、SA-8900Ⅱなどがベストセラーになっていました。また、セパレート化も進んでいて、レシーバーは時代遅れとなっていました。筆者はなぜかこの古めかしいレシーバーのデザインが好きで、なんというかチューナーの目盛が青くぽっと浮かんでいて、なんとも幻想的で惹かれたのです。両サイド・上部が木製だったのもレトロでよかったわけです。(オーディオではこういうことが実はすごく大事)

なので、何としても見つけようと秋葉原の多くの店舗を回ったのですが、どこにもこの製品はありませんでした。店員に尋ねても、逆にプリメインを強く勧められるのがオチでした。
半日以上探して見つからず、あきらめて父と国鉄の秋葉原駅へと向かいました。そしてダメもとで駅の真ん前のビルに入ってみたのです。確か”サトー無線”だったと思います。するとなんと<SX-737>が展示してあったのでした。駅から一番近い店にあったというわけです。中年の店員にそれを指さして尋ねると、在庫はすでになく、この展示品のみということでした。少し残念でしたが、半ば意地になって探していたので購入を決意しました。
こちらの熱意が伝わったのか、その店員は、「今のアンプはトランスが小さくなっていて、これの方が大きいのが入っています」と裏情報を言ってくれたのです。当時は左右独立(LRセパレート)電源が流行っていて、結果、一個あたりの大きさが小型になっていたのです。きっとカタログ文句に弱い他の客には、「最新の左右独立トランス」の売り文句を説いているのでしょう。(こういうときに重要な裏情報が得られることがあります)


店員は展示品をラックから下ろして台に置いて、カバーを開けて中のホコリを拭いてくれました。それからカバーを付け直し、大事そうに全体をきれいに拭いてくれたのです。生まれ変わったような<SX-737>は気のせいか光り輝いていました。父が価格交渉すると、5万円でOKということになりました。もともとの定価は8万5千円ですから4割強の値引きでした。今思えば、展示品なのでもっと引けたのではと思います。
ともかく、<SX-737>が家に来ました。


※レシーバーとは?

 プリアンプ(アンプのコントロール部)、メインアンプ(アンプの増幅部分)、それにチューナーが一体化されたもの。見た目には大きなチューナーのように見える。当時はFM放送が高音質メディアとして重要であったので、チューナーが必ず必要で、使い勝手からプリメインアンプと合体してこうなっていた。 

1980年以降のオーディオ②

☆見過ごせない音質の変化

音がキレイになったのはいいのですが、なぜか音楽に乗らないものに感じられるのは不思議でした。その理由は、はっきり言って分かりません。一説によると、トランジスターの違い、Can(金属)タイプからプラスティック・タイプへ変わり、それが音質に影響したというもの。真偽は確かではありませんが、確かに、名トランジスターと呼ばれるものは、Canタイプがほとんどのようです。その他、金属の追放(非磁性体化)の影響もあるのかもしれません。なぜか金属を減らすと、音はさっぱりと大人しく繊細になるのだそうです。

筆者の考えでは、その他の要素もあると思っています。上記の理由の他に、やはり時代の変化が大きいのではないかと思うのです。前に、<縄文→弥生>と表現しましたが、戦後の時代の雰囲気を見てみると、高度成長期終わりまでは、非常に男性的で前向き、ダイナミックな雰囲気が横溢していました。歌謡曲でも男性歌手は、低音の魅力で売っていたものが多かったと思います。それが70年代後半になってくると、明らかに優男風の男性歌手がもてはやされるようになってきました。声質も高音寄りになりました。また、TVアニメなども、かつての”スポ根”ものから”ラブコメ”へと大きく流れが変わります。汗臭い男性主人公は敬遠され、爽やかでちょっと面白い男の子が中心の時代です。

オーディオの音質も、この変化に沿っているように思えます。それに製品の設計者や音決めする人の年齢が、この頃初めて戦後生まれになってきました。戦前、戦中を知らない世代の登場です。結果、”巨人の星”から”タッチ”への変化と同じように求められる音質も変わっていったということです。

強くて男性的だが汗臭い→→→ひ弱で優しいが爽やか

この変化を、かの長岡鉄男氏は次のように表現しています。

わんぱくが逞しく育っている感じ→→→優等生的(開成から東大そして大蔵省へ)

これは本当に言いえて妙ですね。こんな感じがオーディオ界で進行していったわけです。

1980年以降のオーディオ①

さて、駆け足でざっと、1980年以前と1980年以降のオーディオ製品とでは、大きな差が生じていたことを述べてきました。具体的に言うと、立体的デザインから平面的デザインへの移行、ハイテク化コストダウンの同時進行ということです。それでは実際にそのことは音質にどのように影響していったのでしょう?

筆者は技術者ではないので、あくまで製品を使ってみた印象・感触を語っていきたいと思います。
まず、時代背景を若干示します。

1980年

第二次オイルショック不況の影響で、筐体その他の金属が少なくなる。それが、デザインの平面化・薄型へとつながる(軽薄短小と言われていた)。特に、チューナーはハイテク化と相まって薄べったくなってしまう。

1981年

各社とも、この窮地を脱するためにデジタル技術に活路を見い出す。

1982年

この年の10月、ついに”CDプレーヤー”発売。価格は高価で、15万~25万くらいだった。当初はアンプのCD用入力端子は”CD”ではなくて”DAD(デジタル・オーディオ・ディスク)”だった。
 
1983年

各社ともCD対応(本当にそんな必要があったか疑問)のアンプ、スピーカーを開発、市場に投入する。消費者は口車に乗り、それらを購入し始める。ともかくもオーディオはこのCDを中心に回り始める。

とりあえずここまでの経緯はお判りいただけたのではないかと思います。筆者は実際のCDプレーヤー購入は1985年でした。そしてCD(デジタル)サウンド対応と謳ったアンプやカセットデッキの購入は、翌1986年になりました。それら新しい時代のハイテク・ジャパンの製品をわくわくしながら使い始めたのです。その感想を書きます。

★良いと思った点

音がクリアーになったような感じ。音場がスッキリとして見透しがよい。音質(音の質感)は雑味が無くなり、表面を磨いたような、ツルツルした質感。ある意味キレイで気持ち良い音。

★❔と思った点

音が表面的で芯が無い感じ。卵のイメージ。殻は硬いが中身はグニャッとしている。解像度が高いのに、音の実体感が薄い。どこか音楽が乗らない感じ。

これはあくまで雑感です。製品により、メーカーにより多少の違いはありますが、80年代半ばの製品の使用感は上記の通りです。

こういった傾向は一体どこから来るのでしょうか?

実際使ってみて~80年代のデッキ③

80年代に入ってから、デジタルの足音がひたひたと忍び寄って来ました。可能性の限界に来ていたと思われていたアナログは、更なるコストを掛けるだけの動機に乏しくなっていました。折しも、第二次オイルショック(1979年)の余波で金属部品の高騰が続き、オーディオ製品の価格に影響し始めていたのです。各社は早急な対策を迫られていたわけです。

ここで究極の選択が行われました。
すなわち、

  ①部品価格が倍→→→製品価格を倍にする

  ②部品価格が倍→→→コストダウンで製品価格を抑える

結局、①は出来るわけがありません。そんなことをしたら、たちまち売れなくなるでしょう。ということで②が選択されわけです。かと言って、そのまま②をやったのではショボい製品になってしまいます。そこでメーカーは考えました。先ず、製品のモデルチェンジを決めます。そしてそこにあまりコストに反映しない最新の技術(ハイテク新電子回路等)を盛り込み、格段に性能が良くなったと謳います。測定値などを示し、消費者に訴えるのです。デザインも一新されました。今までのオーソドックスな伝統的オーディオ、材質の高級感や中年男性向けのやや権威的(立派で重厚)なイメージから、若者向けのスマートで軽い(ライト感覚)に変貌しました。消費者は新しい時代の予感と共にそれを受け入れました。完璧なイメージチェンジが成功したのです。

当時の変化を記した記事があります。
アンプの記事ですが、カセットデッキその他にも当てはまる内容ですので引用しました。

別冊FMfan29号(1981春)
 「上杉佳郎氏/プリメインアンプ15機種の視聴レポート」より
 
氏は80年代に入って、コストダウンとコンパクト化のための”省エネ電源方式”の台頭、低歪率化のための”新回路”開発、低磁気歪みのための”金属追放”の傾向が著しくなってきたことを指摘しています。それに伴い、長年変わらなかったアンプのデザインも変化(造形的なものから機能的なものへ)しつつあることにも言及しています。
 
そして最後に

「最後にあえて苦言を一言。それは、現在の技術競争が真の意味で、オーディオアンプとしてのサウンド・クオリティーの向上に結びついているのか? ということだ。優秀なデータのわりに音質、音色面で疑問を感じさせるアンプが散見されるからである。これに関しては機会を見て述べさせていただきたい。」

とはっきり述べています。

自身が優れたオーディオアンプを製作する技術者社長であるからこそ感じる変化であったと思われます。

実際使ってみて~80年代のデッキ②

KX-880Gは傑作デッキでした。当時のケンウッドの面目躍如を感じました。スマートで洗練されて、精緻なメカニズムとよい素子の組み合わせは、レベルの高い音質を保証していました。

一方で、私の中に別のフシギな感覚が生じていました!

その音質の優れた部分と裏腹に、本当の意味で音楽にのめり込めないのです。
どこか客観的で夢中になれない。情念・肉体に訴える要素が薄いのです。
4300SDにあった、音の余裕・幅・包容力などの要素がどうも不足しているのです。
人間で例えると、頭は冴えているが人情味が足りない、あまり頼りがいが無い人物といった感じでしょうか。
だから、よい参謀にはなるかもしれないが、これからずっと付き合っていく友人にはならない気がするのです。

これはなにもこの機種にだけ感じるものではありませんでした。他のメーカーのデッキにおいても同じような感触を持ちました。いえ、デッキだけでなくチューナーやアンプにもある同様な感触なのでした。言わば、80年以降のオーディオ製品特有の音質傾向、現象といえるかもしれません。優れてはいるが愛着が湧かない、そんな風なのです。

これがどこから来るのか筆者にはわかりませんが、感覚的に言うと、オーディオの


縄文時代→→→弥生時代


の変化のように思えるのです!

つまり、1980年を境に、オーディオは劇的な外的(デザイン)・内的(音質)変化を遂げたのでした。。。

実際使ってみて~80年代のデッキ①

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80年代に入り、オーディオ製品は明らかに変貌しました。かつてのどっしりがっちりしたデザインから、軽くスマートなものに変わったのです。”軽薄短小”時代の始まりでした。確かに新しくなったような感じもしたのですが、どこか物足りない印象も同時にありました。

80年代中盤にはその傾向は全般的なものになっていました。CDプレーヤー、チューナー、アンプもかつてよりツルンとした平面的なデザイン、たぶんコンピューター的なイメージを出そうとしていたのだと思います。
筆者としてはもっと立体的な造形が好きだったので、どこか魅力に薄いものに感じられたのです。

上のケンウッドKX-880Gは1985年製で、この880Gは80年代に入って始まった大変評価の高い880シリーズの4代目だったと思います。製品のイメージもまさにこの頃の代表選手で、光沢ブラックパネルで操作系が突起物が少ない平面的デザイン、トリオ→ケンウッドへのブランド名変更後のデッキでした。ソニーも購入候補として考えましたが、実際に電気店で触ってみて、再生・巻き戻し・早送りなどのメカ作動音がガチャガチャッとしてうるさかったのでやめた次第。かつての70年代のピアノキー式のものの方が手の感覚で操作できるので、操作音は静かでした。ちなみにこういった微妙な感覚がオーデオ製品では非常に重要な要素です。

さて、そういう製品を実際に購入してみた感想です。
テストというほど厳密なものではありませんが、いろんなミュージック・テープ、今までに録音したテープ、自己録再テープを繰り返し聴くだけです。
印象としては、デザインと同じ、サッパリ・スッキリしたもの。透明で解像度がよい音でした。聴いているととても気持ち良い感じで、雑味のない音に感心したものです。かつての4300に比して明らかに性能向上していました。発売時期が1975年と1985年なので、丁度10年の隔たりがあったわけです。10年の歳月はやはり性能に反映していたのは確かでした。メカの精度・電子回路の進歩を実感したわけです。

しかし、使用しているうちに何か別の感覚も湧き起ってきていました。

その後のデッキ~平面的デザイン

4300SDは使い勝手がよく、音もよく、デザインも風格があって所有している喜びを与えくれました。
しかし技術は日進月歩です。みるみるうちに古く(少なくともカタログ上では)なり小さな故障も多くなってきたので新製品が気になり始めました。丁度、80年代に入って1,2年経った頃です。電気店で実物を見、カタログを集めてきたわけです。

その当時のカセットデッキといえば、次のような製品があったと思います。

ソニー・・・・TC-FX77
       TC-FX600

TC-FX77
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TC-FX77
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TC-FX600
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他のメーカーからも多種多様な製品は出ていましたが、筆者の目には入りませんでした。それほど当時のSONYは強力なブランドで、他社は霞んでいました。もちろん、実際の品質に大きな差は無かったと思います。しかし、ともかく見た目が全然違っていました。他のメーカー製品がなんともダサく見えたのです。

例えば、オンキョー、パイオニア、トリオ、ビクターなどの老舗メーカーのデッキは、重厚ではありましたが、どこかオジサンぽい野暮ったさがあって、製品が放つ魅力に乏しいように当時の若かった筆者には感じられました。
また、常にソニーに追随していたテクニクスも、ソニーを意識するあまり、似たようなデザインになり、しかもカッコよさで負けていました。
その他、海外で評価の高いアイワ、ナカミチ、ティアック、アカイは高品質な印象は持ちましたが、やはりどこか冴えないデザイン・イメージで当時の好みからは遠かったのです。

ということで、デッキといえばソニーしか念頭になく、なんとか買いたいと思いましたが、いかんせん学生の身では高価で、泣く泣く購入を諦めたわけです。

4300後のデッキはどうだったか?

思えば70~80年代はカセットの黄金時代でした。レコードは高く、学生の身でおいそれと買えるものではありませんでした。後年発売されたCDもしかり。そうすると高音質音楽メディアといえば、FM放送ということになります。その後CDレンタルが始まり、これがカセットの需要をさらに高めます。チューナーやCDプレーヤーとデッキさえあれば、テープ代のみで高音質が楽しめるということでカセット全盛期が訪れます。各社も次々と高音質を謳ったデッキを市場に投入していきます。

特に70年代後期からは、マイコン技術の発展に伴って多機能化(選曲・リピートなど)が進み、凄まじい数の製品が発売されます。筆者もその後、”メタル対応”、”CD対応”、”新素材ヘッド”などの言葉に踊らされ、アルバイトなどで貯めたお金で中古品や時には新品のデッキを購入したものです。
それらの製品は確かに良いものでした。ワウフラッターやf特などの数値は格段に良くなり、実際の音質の”進歩”も実感できたのでした。

ところが、何かよくわからない別の感覚も自分の中に生じていたのでした。
それは言葉にはしにくい類のもので、デッキに限らずアンプやスピーカーにおいても感じられるものでした。

未だに活躍中~造形的デザイン

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ソニーのカセットデッキ、TC-4300SDです。1975年発売。1977年に購入しました。どこそこ不具合がありますが、未だ現役で使ってます。今年で41年選手ということになります。まさかこんなに永く使うことになるとは思いもしませんでした。なぜなのか? この問いに答えることがオーディオというものの本質に迫ることになると思うのです。

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もちろん購入したカセットデッキはこの機種だけではありません。ソニーを中心に他に5~6機種は購入し使っていました。80年代~90年代初頭の製品です。それらはすべて壊れ、修理も不可能となり引退しました。現在は最近入手したものが他に2機種ありますが、メイン使用は4300です。その理由をこれからお話ししていきます。