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オーディオあやかし堂
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古いオーディオ製品(70〜80年代)が好きです。いろいろな製品の”使ってみた感”(比較・印象)を気軽に記していこうと思います。マニアでも専門家でもないので、あくまでファンとしての雑感です。オーディオ製品に潜むエッセンスが掴めたらと思っています。
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オーディオの不思議G

2018/12/04 00:49
KA−7300 vs KA−990V〜総論

ここまで色々とこの両機を比較してきたわけですが、大雑把に分かって頂けたのではないのでしょうか。簡単に言ってしまうと、990は、性能は確かに向上しているが、スチル写真のように静的でやや単調に感じられてしまうということです。これが7300となると、少し雑味が出るのですが、ダイナミック(動的)で生き生きとした音楽の本質をうまくとらえていている再生音と言えます。この差をどうとらえるかはそれぞれの感性でしょうが、筆者としては断然7300の方を推します。音楽と本気で向き合えるからです。990はむしろBGM的にサラリと聴くのに適しています。

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こうしてみてくると、やはり70年代アンプと80年代アンプの本質的な差異があることが分かります。同じメーカーでさえこれだけの違いがあるのですから、これが別のメーカー製品となると、別種の差が生じてくるのは当然と言えます。

では次に、初めに戻って、SX−737 との比較に入っていきます。
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オーディオの不思議F

2018/11/24 06:54
KA−7300 vs KA-990V 続き

ところで、聴く音楽によってオーディオ装置の評価が変わるのはよくあることです。大抵のオーディオ製品は、それが作られた頃に流行っていた音楽ソフトに合わせて音決めがされているようです。なので、例えば70年代の製品が70年代に録音された音楽ソフトに合うのは当然と言えます。

70年代から80年代にかけての音楽の変化というのは、電子楽器が増えてきたことが一番大きいと言えます。だから、990もそういった変化に対応しているはずなので、今度は80sポップを聴いてみます。

☆ソフト/スティーヴィー・ワンダー〜ウーマン・イン・レッド
      The 80s (Best Hits)

KA−990Vで聴く。80sの楽曲に顕著な、人工的な味付けの音色がよく出る。しかも決して下品にならずに、パステルカラー風に表現される。初期の無機的ともいえるデジタル録音が特徴の”ウーマン・イン・レッド”のデッドなサウンドがそのまま出る。やはりこういうソフトにはよく合う。
しかし一方で、特に低域の”ほぐれ”が余り良くないというのか、ややぶっきら棒な印象も気になる。もう少し丁寧な低域表現が欲しいところである。他の要素が良いだけに残念である。音楽の充実感というのか、生々しさが物足りなく感じる。透明感・音場感などは優秀で、聴いていて気持ち良い。

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ここでKA−7300に切り替えると、990の不足要素がちゃんと補われていて素晴らしい。聴きごたえのあるサウンドに感動すら覚える。ただ、中高域のさっぱりしたキレイさは少し失われる。ソフトの無機的な音色が逆に生命感のある有機的サウンドになるのだ。これを良しとするかどうかは好み次第である。シンセの音も、まるで生楽器のように聴こえるから面白い。ここら辺は難しい所だ。

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オーディオの不思議E

2018/11/17 05:03
KA−7300 vs KA−990V/ポップス他

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さて、本格対決に入ります。音の中に入り込んでいきます。

☆ソフト/ベンチャーズ・プレイズ・サザン〜TSUNAMI

このCDは日本びいきのベンチャーズが、サザンの曲を彼らなりの解釈で演奏したものです。割と原曲に忠実に演奏されていて違和感はないのですが、なにせもうとっくに還暦を過ぎた彼らですから、若々しくシャキッとした演奏というより、しっとりと味わいのあるテイストになっているのが特徴です。雰囲気のある丸みを帯びたサウンドである一方、エッジもしっかりと立っています。そこらへんが表現されればと思います。

まず、KA−990Vで聴いてみる。一聴してして何の不足もない。細かい音もよく拾い、実にそつのないバランスの良いサウンドである。楽曲がキレイに流れる。気持ちの良いパフォーマンスだ。一方、少しぐいぐい来る魅力に乏しい。聴き手に刺さる表現ではないのだ。

そこで7300にチェンジ。まず感じるのは、やや音が粗いというか、990に比して透明感・解像度・音場感などの要素が少しずつ後退する。つまり、音が古いということなのだが、聴いてて別の要素も感じ始めるのでオーディオは面白い。一言でいうと”ガッツ”のあるサウンドというのだろうか、音楽全体のミュージックパワーが格段に向上するのだ。だから次第に音楽に乗ってくる。特に低音の躍動感にワクワクし出す。そうなると、細かい要素はあまり気にならなくなる。音楽を聴く上での大事な要素は別にあるのだ。

ベンチャーズのシンプルなスタイルの演奏が、7300で聴くとまるで自分がその中に入っているかのような感覚で聴こえてくる。特に低域の生々しい躍動感がそう感じさせる重要な要素となっている。逆に990では、その部分が良く言えば品よくなってしまい、サザンの曲の猥雑さや退廃性が希薄になる。落ち着いた保守的な印象に終始する。肌で感じる空気感というか、音の匂いがしないのだ。常に冷静に客観的に鳴っている感じ。

そしてもう一つ付け加えると、相互に比較しながらしばし時間が過ぎると、990は音質にほとんど変化はないのに対し、7300は前述のマイナス要素(透明感・解像度・音場感の不足)が驚くほど改善されて、聴き違えるほどの変化が現れる。こうなると比較どころではなくなる。990は性能は良いのだけど、音楽に没入している身にとっては何だか役不足に思えてしまうのだ。「お引き取り下さい」と告げたくなるくらいである。なんだか義務でいやいや再生しているようにすら感じられる。

7300は益々音楽に乗ってくる。体に訴えてくる。比較テストは忘れてしまう。。。

どうでしょうか?  

音楽を聴く上で重要なエッセンスを少しは感じていただけたのではと思うのですが。
こういうレベルでのオーディオ評はほとんどないことにお気づきだと思います。
音の微細なレベルでの性能評価に終始する評論がほとんだと思わないでしょうか?

つまり⇒オーディオはその本質的な要素ではほとんど進歩していない。否、むしろ退化している。⇒ということです。






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オーディオの不思議D

2018/11/07 05:53
比較テストですが、あまり厳密なものではありません。あくまで音楽ファンの日常のラフな使用においてのそれです。方法としては、1曲ごとにつなぎ変えるのではなく、あるCDから選択した何曲かを連続して聴いて、全体的な音の印象・感触を掴んでからアンプをチェンジして同じように聴くというものです。

その時に、テスターとして音の微妙な違いを聴き分けるというだけではなく、音楽に入り込んで、全体的な体験としてそのアンプの音世界を感じるということです。こうすることで、分析では分からないアンプのエッセンスを掴めると思うからです。ある意味、人間の人格を見定めようとする行為に似ています。

KAー7300のファースト・インプレッション/クラシック

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まず、空間表現がパッと強く感じられる。音像より先に、その音像を取り巻いている空間が印象的に表現される。楽器の位置関係(あくまで録音上のものだが)がよくわかる。これが例えばピアノ協奏曲のようなソフトではプラスに作用する。広がりがあって気持ち良い雰囲気で聴かせる。ただ一方で少し不満も出る。音色が単調なのだ。色彩感がやや薄く、どこか単色のグラデーションのような感じ。だからイマイチうっとりするような感興に乏しい。質感はとてもよいだけにやや残念な要素である。

この傾向はゴールドベルクにおいて更に顕著になってくる。ピアノ独奏なので、空間性よりも微妙な音色が大事なのだが、骨だけのややぶっきら棒な音に感じられる。なにか芸術的というより、科学的といった感触。だから音楽にのめり込めない、分析的なサウンドに思えてならない。グールドの鼻歌もしっかり聞こえて面白いのだが、そこが逆に協調されてしまい興醒めになる。ある意味オーディオ的なサウンドで、むしろマニアには喜ばれる傾向と言える。低域方向は雄大に表現されるが、やや大味で、もう一つの質感が欲しい。


それでは10年後の製品はどうだろうか?


KA−990Vのファースト・インプレッション/クラシック

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ピアノ協奏曲を聴く。空間表現は同じようによく感じられ、同一メーカーであることが分かる。ただこちらの方が、繊細微妙な表現に長けている。きめ細やかで洗練されている。この要素は明らかに10年新しいだけある。一方、やや大人しいというか、高解像度の反面コントラストは浅く、野性味に欠ける。

グールドのピアノはキレイで気持ち良い。音がクリーンで雑味がない。ただ、もう少し音の芯が感じられると充実感が高まる。都会的であまり汗臭くない音というのだろうか。殺菌された音のように感じられる。

7300と似た点は、やはり音色が薄いので色彩感に乏しいというところ。これはこのメーカーの特徴であり個性であるのだろう。よくトリオ・ケンウッドの音質は「透明感」「高解像度」「硬質」「高忠実度」などと評されることが多いのだが、むしろ音色の乏しさがそのように聞こえてしまうのではないかとさえ思うのだ。もっともここら辺は聴く側の主観であり好みなので一般化はできないかもしれない。


さて、ここまで全体的な印象を綴ってきましたが、ある程度両者に共通の傾向を感じてもらえたでしょうか?
次に、もっと深くこの二つのアンプの本質に迫りたいと思います。









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オーディオの不思議C

2018/11/02 17:34
☆KA−7300 vs KA−990V

さて、同一メーカーの10年差の音の変化を感じてみましょう!

使用ソフト: モーツアルト/ピアノ協奏曲第26番
 (CD)    バッハ/ゴールドベルク変奏曲/グレン・グールド(1981)
        アバ/ザ・ゴールド
        ベンチャーズ/ベンチャーズ・プレイズ・サザン〜TSUNAMI
        エイス・オブ・ベイス/CRUEL SUMMER
       
        以上の他に各種ポップス・ジャズ・ロックの(CDよりダビングの)カセットテープを使用。

使用ハード: CDプレーヤー/NEC CD−816
        カセットデッキ/ソニー TC−K222ESG
        スピーカー/ダイヤトーン DS−200Z
        ヘッドフォン/ローランド RH−A30


大勝負!

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オーディオの不思議B

2018/10/20 12:37
☆時代による音の差

SX−737の音質を語る前に、一つ比較として、時代によるアンプの音の差を見ていきたいと思います。
同じメーカーでの比較がいいと思いますので、ここで二つのアンプを紹介します。

 トリオ(TRIO) KA−7300 と ケンウッド(KENWOOD) KA−990V です。 

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ケンウッドはトリオの海外向けブランドで、80年代前半に正式な社名になりました。無線機やカーステレオでも有名な老舗メーカーです。60〜70年代にはオーディオ御三家として”サン・トリ・パイ”(サンスイ・トリオ・パイオニア)と呼ばれていたものです。

KA−7300は1975年の製品。定価65,000円。当時、パイオニアのSA−8800とライバル関係にありました。その音色で人気だった8800に、左右独立電源によるセパレーションの良さで向こうを張っていました。結果的に7300の優勢となり、大ベストセラーになった製品です。

KA−990Vは丁度7300の10年後、1985年の製品で定価は79,800円。これも当時この価格帯での大戦争の中核機でした。他にサンスイ、オンキョー、ヤマハ、パイオニア、ビクター、デンオン、それにソニーも参入して大変な戦いであったわけです。990はその中にあって、デザインのカッコよさと洗練された音質で大人気でした。
この同一メーカーの10年差(70年代と80年代)を比べてみようというわけです。
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オーディオの不思議A

2018/10/16 03:00
☆昔のアンプのどこがいいのか?

SX−737の音に感心して、それから様々な音楽を楽しんできました。中学生だったので、歌謡曲から次第に洋楽のポップス・ロックへと興味が移りました。また、クラシックもそれなりに好きで、あれこれと聴いていました。ソースは主にFMからのエアチェックです。アナログ・レコードは高価なので、年に3〜5枚くらいしか購入できません。レコード・プレーヤーは、テクニクスの”SL−1600”を購入して、その使い勝手、デザインのカッコよさにうっとりしていました。また、しばらくしてオンキョーの傑作スピーカー、”M6”を購入し、これで一通りシステムが揃ったわけです。

この過程で、音質が気になることはほとんどありませんでした。それほど、TC−4300SDSLー1600SX−737M6に違和感がない(満足していた)ということなのでしょう。今思うと、ものすごい良いバランス・相性の組合せだったのです。(この”相性”の問題は重要なので後に話題にします)

特にSX−737は音楽をより生き生きと感じさせる魔力のようなものがあり、気に入っていました。決してハイ・フィデリティ(高忠実度再生)というわけではありませんでしたが、音楽を聴く上での心地よい音作りがなされていて、見事というほかありません。

では、その音の良さの質はどういうものだったのでしょうか?
そのことをお話ししていきたいと思います。
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オーディオの不思議@

2018/10/12 06:37
☆ただ古いだけなのか?

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そうして我が家に来たパイオニア・レシーバーのSX−737。さっそく使ってみました。と言っても外部入力機器はソニーのカセットデッキ”TC−4300SD”しかないので、FM放送からエアチェックしたテープやミュージック・カセットを聴いたわけです。

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実はまだスピーカーは未購入でした。なので、ヘッドフォン(HP)で聴いたわけです。HPは二つ持っていました。一つはソニーの"DR-6M"、ダイナミックでメリハリの効いた音の頑丈な製品でした。もう一つはオーレックス(東芝)の”HR-710”、コンデンサー型のちょっと変わった製品で、とても洗練されたデザインで、音も繊細微妙でした。

ともかく、TC−4300SDからSX−737のテープ端子につなぎ、ヘッドフォンで聴いたのです。それまで、カセットデッキのHP端子から聴いていたわけですが、それとどのくらい違うのか?

そこから流れる音は、実に艶やかで色彩豊かな音、ヴィヴィッドでブリリアントなサウンドでした。
この音が、その後の筆者のサウンド感覚を決定づけるものになったわけです。
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1980年以降のオーディオB

2018/09/18 04:22
かなり乱暴な意見とは思いますが、ぶっちゃけ、1980年を挟んでその前と後では音質が全く別物のように思えるのです。それを言葉で表現するのは至難の業ですが、なんとかやっていきたいのです。

では、1980年以前の例えばアンプはどういう音質なのでしょう?
それで一つ、例としてある製品を紹介しましょう。

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SX-737

これはパイオニア社のレシーバー<SX−737>です。確か、1974年か1975年の発売です。筆者はこれを1977年に購入しました。父と秋葉原に探しに行ったのですが、その時点ではもう型落ちで店頭には置いてませんでした。すでにレシーバーの時代は終わり、アンプといえばプリメイン・アンプが当たり前になっていました。後で紹介しますが、SA−8900Uなどがベストセラーになっていました。また、セパレート化も進んでいて、レシーバーは時代遅れとなっていました。筆者はなぜかこの古めかしいレシーバーのデザインが好きで、なんというかチューナーの目盛が青くぽっと浮かんでいて、なんとも幻想的で惹かれたのです。両サイド・上部が木製だったのもレトロでよかったわけです。(オーディオではこういうことが実はすごく大事)

なので、何としても見つけようと秋葉原の多くの店舗を回ったのですが、どこにもこの製品はありませんでした。店員に尋ねても、逆にプリメインを強く勧められるのがオチでした。
半日以上探して見つからず、あきらめて父と国鉄の秋葉原駅へと向かいました。そしてダメもとで駅の真ん前のビルに入ってみたのです。確か”サトー無線”だったと思います。するとなんと<SX−737>が展示してあったのでした。駅から一番近い店にあったというわけです。中年の店員にそれを指さして尋ねると、在庫はすでになく、この展示品のみということでした。少し残念でしたが、半ば意地になって探していたので購入を決意しました。
こちらの熱意が伝わったのか、その店員は、「今のアンプはトランスが小さくなっていて、これの方が大きいのが入っています」と裏情報を言ってくれたのです。当時は左右独立(LRセパレート)電源が流行っていて、結果、一個あたりの大きさが小型になっていたのです。きっとカタログ文句に弱い他の客には、「最新の左右独立トランス」の売り文句を説いているのでしょう。(こういうときに重要な裏情報が得られることがあります)


店員は展示品をラックから下ろして台に置いて、カバーを開けて中のホコリを拭いてくれました。それからカバーを付け直し、大事そうに全体をきれいに拭いてくれたのです。生まれ変わったような<SX−737>は気のせいか光り輝いていました。父が価格交渉すると、5万円でOKということになりました。もともとの定価は8万5千円ですから4割強の値引きでした。今思えば、展示品なのでもっと引けたのではと思います。
ともかく、<SX−737>が家に来ました。


※レシーバーとは?

 プリアンプ(アンプのコントロール部)、メインアンプ(アンプの増幅部分)、それにチューナーが一体化されたもの。見た目には大きなチューナーのように見える。当時はFM放送が高音質メディアとして重要であったので、チューナーが必ず必要で、使い勝手からプリメインアンプと合体してこうなっていた。 
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1980年以降のオーディオA

2018/09/10 03:37
☆見過ごせない音質の変化

音がキレイになったのはいいのですが、なぜか音楽に乗らないものに感じられるのは不思議でした。その理由は、はっきり言って分かりません。一説によると、トランジスターの違い、Can(金属)タイプからプラスティック・タイプへ変わり、それが音質に影響したというもの。真偽は確かではありませんが、確かに、名トランジスターと呼ばれるものは、Canタイプがほとんどのようです。その他、金属の追放(非磁性体化)の影響もあるのかもしれません。なぜか金属を減らすと、音はさっぱりと大人しく繊細になるのだそうです。

筆者の考えでは、その他の要素もあると思っています。上記の理由の他に、やはり時代の変化が大きいのではないかと思うのです。前に、<縄文→弥生>と表現しましたが、戦後の時代の雰囲気を見てみると、高度成長期終わりまでは、非常に男性的で前向き、ダイナミックな雰囲気が横溢していました。歌謡曲でも男性歌手は、低音の魅力で売っていたものが多かったと思います。それが70年代後半になってくると、明らかに優男風の男性歌手がもてはやされるようになってきました。声質も高音寄りになりました。また、TVアニメなども、かつての”スポ根”ものから”ラブコメ”へと大きく流れが変わります。汗臭い男性主人公は敬遠され、爽やかでちょっと面白い男の子が中心の時代です。

オーディオの音質も、この変化に沿っているように思えます。それに製品の設計者や音決めする人の年齢が、この頃初めて戦後生まれになってきました。戦前、戦中を知らない世代の登場です。結果、”巨人の星”から”タッチ”への変化と同じように求められる音質も変わっていったということです。

強くて男性的だが汗臭い→→→ひ弱で優しいが爽やか

この変化を、かの長岡鉄男氏は次のように表現しています。

わんぱくが逞しく育っている感じ→→→優等生的(開成から東大そして大蔵省へ)

これは本当に言いえて妙ですね。こんな感じがオーディオ界で進行していったわけです。

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1980年以降のオーディオ@

2018/08/31 16:42
さて、駆け足でざっと、1980年以前と1980年以降のオーディオ製品とでは、大きな差が生じていたことを述べてきました。具体的に言うと、立体的デザインから平面的デザインへの移行、ハイテク化コストダウンの同時進行ということです。それでは実際にそのことは音質にどのように影響していったのでしょう?

筆者は技術者ではないので、あくまで製品を使ってみた印象・感触を語っていきたいと思います。
まず、時代背景を若干示します。

1980年

第二次オイルショック不況の影響で、筐体その他の金属が少なくなる。それが、デザインの平面化・薄型へとつながる(軽薄短小と言われていた)。特に、チューナーはハイテク化と相まって薄べったくなってしまう。

1981年

各社とも、この窮地を脱するためにデジタル技術に活路を見い出す。

1982年

この年の10月、ついに”CDプレーヤー”発売。価格は高価で、15万〜25万くらいだった。当初はアンプのCD用入力端子は”CD”ではなくて”DAD(デジタル・オーディオ・ディスク)”だった。
 
1983年

各社ともCD対応(本当にそんな必要があったか疑問)のアンプ、スピーカーを開発、市場に投入する。消費者は口車に乗り、それらを購入し始める。ともかくもオーディオはこのCDを中心に回り始める。

とりあえずここまでの経緯はお判りいただけたのではないかと思います。筆者は実際のCDプレーヤー購入は1985年でした。そしてCD(デジタル)サウンド対応と謳ったアンプやカセットデッキの購入は、翌1986年になりました。それら新しい時代のハイテク・ジャパンの製品をわくわくしながら使い始めたのです。その感想を書きます。

★良いと思った点

音がクリアーになったような感じ。音場がスッキリとして見透しがよい。音質(音の質感)は雑味が無くなり、表面を磨いたような、ツルツルした質感。ある意味キレイで気持ち良い音。

★❔と思った点

音が表面的で芯が無い感じ。卵のイメージ。殻は硬いが中身はグニャッとしている。解像度が高いのに、音の実体感が薄い。どこか音楽が乗らない感じ。

これはあくまで雑感です。製品により、メーカーにより多少の違いはありますが、80年代半ばの製品の使用感は上記の通りです。

こういった傾向は一体どこから来るのでしょうか?

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実際使ってみて〜80年代のデッキB

2018/08/20 02:38
80年代に入ってから、デジタルの足音がひたひたと忍び寄って来ました。可能性の限界に来ていたと思われていたアナログは、更なるコストを掛けるだけの動機に乏しくなっていました。折しも、第二次オイルショック(1979年)の余波で金属部品の高騰が続き、オーディオ製品の価格に影響し始めていたのです。各社は早急な対策を迫られていたわけです。

ここで究極の選択が行われました。
すなわち、

  @部品価格が倍→→→製品価格を倍にする

  A部品価格が倍→→→コストダウンで製品価格を抑える

結局、@は出来るわけがありません。そんなことをしたら、たちまち売れなくなるでしょう。ということでAが選択されわけです。かと言って、そのままAをやったのではショボい製品になってしまいます。そこでメーカーは考えました。先ず、製品のモデルチェンジを決めます。そしてそこにあまりコストに反映しない最新の技術(ハイテク新電子回路等)を盛り込み、格段に性能が良くなったと謳います。測定値などを示し、消費者に訴えるのです。デザインも一新されました。今までのオーソドックスな伝統的オーディオ、材質の高級感や中年男性向けのやや権威的(立派で重厚)なイメージから、若者向けのスマートで軽い(ライト感覚)に変貌しました。消費者は新しい時代の予感と共にそれを受け入れました。完璧なイメージチェンジが成功したのです。

当時の変化を記した記事があります。
アンプの記事ですが、カセットデッキその他にも当てはまる内容ですので引用しました。

別冊FMfan29号(1981春)
 「上杉佳郎氏/プリメインアンプ15機種の視聴レポート」より
 
氏は80年代に入って、コストダウンとコンパクト化のための”省エネ電源方式”の台頭、低歪率化のための”新回路”開発、低磁気歪みのための”金属追放”の傾向が著しくなってきたことを指摘しています。それに伴い、長年変わらなかったアンプのデザインも変化(造形的なものから機能的なものへ)しつつあることにも言及しています。
 
そして最後に

「最後にあえて苦言を一言。それは、現在の技術競争が真の意味で、オーディオアンプとしてのサウンド・クオリティーの向上に結びついているのか? ということだ。優秀なデータのわりに音質、音色面で疑問を感じさせるアンプが散見されるからである。これに関しては機会を見て述べさせていただきたい。」

とはっきり述べています。

自身が優れたオーディオアンプを製作する技術者社長であるからこそ感じる変化であったと思われます。

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実際使ってみて〜80年代のデッキA

2018/08/15 02:27
KX−880Gは傑作デッキでした。当時のケンウッドの面目躍如を感じました。スマートで洗練されて、精緻なメカニズムとよい素子の組み合わせは、レベルの高い音質を保証していました。

一方で、私の中に別のフシギな感覚が生じていました!

その音質の優れた部分と裏腹に、本当の意味で音楽にのめり込めないのです。
どこか客観的で夢中になれない。情念・肉体に訴える要素が薄いのです。
4300SDにあった、音の余裕・幅・包容力などの要素がどうも不足しているのです。
人間で例えると、頭は冴えているが人情味が足りない、あまり頼りがいが無い人物といった感じでしょうか。
だから、よい参謀にはなるかもしれないが、これからずっと付き合っていく友人にはならない気がするのです。

これはなにもこの機種にだけ感じるものではありませんでした。他のメーカーのデッキにおいても同じような感触を持ちました。いえ、デッキだけでなくチューナーやアンプにもある同様な感触なのでした。言わば、80年以降のオーディオ製品特有の音質傾向、現象といえるかもしれません。優れてはいるが愛着が湧かない、そんな風なのです。

これがどこから来るのか筆者にはわかりませんが、感覚的に言うと、オーディオの


縄文時代→→→弥生時代


の変化のように思えるのです!

つまり、1980年を境に、オーディオは劇的な外的(デザイン)・内的(音質)変化を遂げたのでした。。。
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実際使ってみて〜80年代のデッキ@

2018/08/11 15:31
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80年代に入り、オーディオ製品は明らかに変貌しました。かつてのどっしりがっちりしたデザインから、軽くスマートなものに変わったのです。”軽薄短小”時代の始まりでした。確かに新しくなったような感じもしたのですが、どこか物足りない印象も同時にありました。

80年代中盤にはその傾向は全般的なものになっていました。CDプレーヤー、チューナー、アンプもかつてよりツルンとした平面的なデザイン、たぶんコンピューター的なイメージを出そうとしていたのだと思います。
筆者としてはもっと立体的な造形が好きだったので、どこか魅力に薄いものに感じられたのです。

上のケンウッドKX-880Gは1985年製で、この880Gは80年代に入って始まった大変評価の高い880シリーズの4代目だったと思います。製品のイメージもまさにこの頃の代表選手で、光沢ブラックパネルで操作系が突起物が少ない平面的デザイン、トリオ→ケンウッドへのブランド名変更後のデッキでした。ソニーも購入候補として考えましたが、実際に電気店で触ってみて、再生・巻き戻し・早送りなどのメカ作動音がガチャガチャッとしてうるさかったのでやめた次第。かつての70年代のピアノキー式のものの方が手の感覚で操作できるので、操作音は静かでした。ちなみにこういった微妙な感覚がオーデオ製品では非常に重要な要素です。

さて、そういう製品を実際に購入してみた感想です。
テストというほど厳密なものではありませんが、いろんなミュージック・テープ、今までに録音したテープ、自己録再テープを繰り返し聴くだけです。
印象としては、デザインと同じ、サッパリ・スッキリしたもの。透明で解像度がよい音でした。聴いているととても気持ち良い感じで、雑味のない音に感心したものです。かつての4300に比して明らかに性能向上していました。発売時期が1975年と1985年なので、丁度10年の隔たりがあったわけです。10年の歳月はやはり性能に反映していたのは確かでした。メカの精度・電子回路の進歩を実感したわけです。

しかし、使用しているうちに何か別の感覚も湧き起ってきていました。

記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


その後のデッキ〜平面的デザイン

2018/08/05 03:13
4300SDは使い勝手がよく、音もよく、デザインも風格があって所有している喜びを与えくれました。
しかし技術は日進月歩です。みるみるうちに古く(少なくともカタログ上では)なり小さな故障も多くなってきたので新製品が気になり始めました。丁度、80年代に入って1,2年経った頃です。電気店で実物を見、カタログを集めてきたわけです。

その当時のカセットデッキといえば、次のような製品があったと思います。

ソニー・・・・TC−FX77
       TC−FX600

TC-FX77
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TC-FX77
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TC-FX600
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他のメーカーからも多種多様な製品は出ていましたが、筆者の目には入りませんでした。それほど当時のSONYは強力なブランドで、他社は霞んでいました。もちろん、実際の品質に大きな差は無かったと思います。しかし、ともかく見た目が全然違っていました。他のメーカー製品がなんともダサく見えたのです。

例えば、オンキョー、パイオニア、トリオ、ビクターなどの老舗メーカーのデッキは、重厚ではありましたが、どこかオジサンぽい野暮ったさがあって、製品が放つ魅力に乏しいように当時の若かった筆者には感じられました。
また、常にソニーに追随していたテクニクスも、ソニーを意識するあまり、似たようなデザインになり、しかもカッコよさで負けていました。
その他、海外で評価の高いアイワ、ナカミチ、ティアック、アカイは高品質な印象は持ちましたが、やはりどこか冴えないデザイン・イメージで当時の好みからは遠かったのです。

ということで、デッキといえばソニーしか念頭になく、なんとか買いたいと思いましたが、いかんせん学生の身では高価で、泣く泣く購入を諦めたわけです。
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4300後のデッキはどうだったか?

2018/08/01 03:04
思えば70〜80年代はカセットの黄金時代でした。レコードは高く、学生の身でおいそれと買えるものではありませんでした。後年発売されたCDもしかり。そうすると高音質音楽メディアといえば、FM放送ということになります。その後CDレンタルが始まり、これがカセットの需要をさらに高めます。チューナーやCDプレーヤーとデッキさえあれば、テープ代のみで高音質が楽しめるということでカセット全盛期が訪れます。各社も次々と高音質を謳ったデッキを市場に投入していきます。

特に70年代後期からは、マイコン技術の発展に伴って多機能化(選曲・リピートなど)が進み、凄まじい数の製品が発売されます。筆者もその後、”メタル対応”、”CD対応”、”新素材ヘッド”などの言葉に踊らされ、アルバイトなどで貯めたお金で中古品や時には新品のデッキを購入したものです。
それらの製品は確かに良いものでした。ワウフラッターやf特などの数値は格段に良くなり、実際の音質の”進歩”も実感できたのでした。

ところが、何かよくわからない別の感覚も自分の中に生じていたのでした。
それは言葉にはしにくい類のもので、デッキに限らずアンプやスピーカーにおいても感じられるものでした。
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未だに活躍中〜造形的デザイン

2018/07/27 06:35
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ソニーのカセットデッキ、TC-4300SDです。1975年発売。1977年に購入しました。どこそこ不具合がありますが、未だ現役で使ってます。今年で41年選手ということになります。まさかこんなに永く使うことになるとは思いもしませんでした。なぜなのか? この問いに答えることがオーディオというものの本質に迫ることになると思うのです。

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もちろん購入したカセットデッキはこの機種だけではありません。ソニーを中心に他に5〜6機種は購入し使っていました。80年代〜90年代初頭の製品です。それらはすべて壊れ、修理も不可能となり引退しました。現在は最近入手したものが他に2機種ありますが、メイン使用は4300です。その理由をこれからお話ししていきます。
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はじめに〜モノに寄せるココロ

2018/07/26 14:41
”モノ”はかつては”たましい”と同義でした。
単なる物質ではなく、そこに生命の宿る器として古の人は捉えていました。
”モノ”に引き寄せられる”ココロ”をよく知っていたのでしょう。

現代の工業製品にもそうしたエッセンスは残っていると思います。
そうした”モノ”と感応した経験をいろいろ記していきたいのです。
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